忍者ハットリくん 

  私が買って貰ったゲーム、4作目が忍者ハットリくんでした。
 当時はかなり人気があったみたいで、全部で150万本は売り上げたみたいです。

 

 
  スーパーマリオの影響なのか、当時のアクションゲームは
 
 「水に落ちたら一発死亡」
 
 「空を飛ぶなんてない」
 
  というゲームが多かったのですが、この作品は
 
 ハットリくん自体は9点のライフ制
 
 みずぐものじゅつを使えば、水の上を歩くことができる
 
 ムササビの術で、空を飛びつつ移動可能
 
 
 
  と、かなりギミックに凝っていました。
 当時はやりだった「隠しキャラ」「隠しアイテム」も多くあって、それらを探すのも楽しかったですね。
 
  従兄弟の家に行ったときに、従兄弟が近所のホームセンターでファミコンカセットを買うんですよ。
 それも毎月に一本ぐらい。おばあちゃんからお小遣い貰ってたみたい。うらやましかったな。
 
  それを見ていたうちの親が
 
 「あんたにも買ってあげるから好きなの選びなさい!」
 
  とその場で買ってくれる宣言。
 なんか「うちだって、おもちゃぐらい買ってあげられる!」と、くやしかったんだそうです。
 
  それで、もう一度ホームセンターに行って、買ったのがハットリくん。
 
  衝動買いならぬ、衝動買わせ(?)でしたが、
 かなりいい買い物だったと思います。
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ゲームセンター怖い

 ファミコンとはちょっと違う話になるのですが。
 
  ビデオゲームを楽しむ手段として、家庭用ゲーム機のほかに、ゲームセンターにある
 ゲーム機もありました。
 
  ドルアーガの塔など、当時から名作はたくさん揃っていたのですが、私はまったく
 やっていませんでした。
 
  理由は2つあります。
 1つは、当時の私がお小遣い制ではなかったこと。
 もう1つが、ゲームセンターに怖い印象を持っていたためです。
 
  お小遣い制ではないので、そもそも小銭をゲーム機に入れることができません。
 自分でやりたくてもできないし、そもそもお金を持っていないからゲームセンターに
 入ろうともしない。
 
  それに、近所のスーパーのゲームコーナーに年上のお兄さんたちがたまっていて、
 中には怖い人たちがいたらしいのです。(今風に言うとDQNですか)
 
  小さな子供たちを脅かして小遣いを巻き上げるような人も居たみたいです。
 その事件はすぐに大人が動いたらしく、いろいろと抗議やらなにやらがせあったらしいのですが、
 ゲームコーナーでのたむろは、その後も続いたみたいです。
 
 
  まぁ、当時は柄の悪いところもけっこうあったみたいで、大変だったみたいですね。
 
 
  今はそういうところはたぶん無いか、あっても少数派だと思いますので、みなさま安心してゲームコーナーで遊んでください。

デモ画面に恋したい

 ファミコンカセットは当時、いろんなお店で売っていました。
 スーパーマーケットにはだいたいおもちゃ売り場がありましたし、
 駄菓子屋でも他のおもちゃに混じって売っていました。
 
 (しかし、駄菓子屋に行く程度のお小遣いでは買えません・・・)
 
  ホームセンターでも売っていました。自転車とかサッカーボールとかも売っていましたし、
 その延長線だっのかな。
 
 
  当時、スーパーのおもちゃ売り場では数台のテレビを並べて
 ゲームのデモ画面を表示していました。
 
  直撃世代なら分かるかと思いますが、当時のゲーム、特にアクションゲーム
 はオープニングロゴが表示されてから一定時間が経つとコンピューターがゲーム
 をプレイ(しているかのように)して見せるデモ画面が始まるゲームが多かったのです。
 
  幼少時の私は、このデモ画面を食い入るように見ていましたね。
 周囲にいる自分と同じ世代の子供たちと一緒になって、いつまでも見ていましたっけ。
 
  親はスーパーで買い物をしているんですよ。
 で、子供はどこかに置いていく、で、本屋とおもちゃ売り場の近くでウロウロしている
 子供たちは、誘蛾灯に引き付けられる羽虫のように、
デモ画面に集まっちゃうわけです。(笑)
 
 
  そういえば、当時の私は「一般販売されているゲームカセットでデモを表示している」
 と思っていたのですが、物によってはデモ表示用カセットを別個に用意して店頭デモを流していた
 メーカーもあったみたいですね。
 
  近所のブックオフで任天堂のデモ用カセットが高額で売られているのを見て、ビックリしたものです。
 
 「これがあいつの正体だったのかー!」と。

珍作? 名作! ボコスカウォーズ!

 ファミコンがはやっていた当時、ファミコン以外にもさまざなゲームのプラットフォームがありました。
 ゲームプログラムのコンテストなんていうものもけっこうやっていて、アスキーがやっていたコンテスト
 で入賞したゲームをファミコンでプレイできるようにしたものがボコスカウォーズでした。
 
  戦闘結果が乱数で決まる部分が大きいため、当時の子供たちは口々に「クソゲー」と
 評していました。
 
  私は面白かったんですけどね?
 友人に「ボコスカウォーズ貸して」というと、変人扱いされました。面白いと思っていなかったんでしょう。
 でも、ナマシカくんとは意気投合して、このゲームを高く評価していました。
 
 
  当時から再評価は行われていたみたいで、好きな人はとことん好きなゲームでした。
 一時中古市場でかなり高額だったみたいですけど、2012年現在、少し安くなったかな?
 
  ファミコン版は他のハードでプレイできるボコスカウォーズよりも少し評価が低いようですが、
 充分に楽しめる内容だと思います。
 
 
  是非とも、未プレイなら、どこかでチャンスがあればプレイしてみてください。
 そのさい、最初のピンク色にいきなりやられたとしても、コントローラーを投げ出さないでくださいね。
 ピンク色は実はけっこう強いのです。

ファミコンと言えばナムコ?

ファミコン全盛期の時代、有力サードパーティーと言えばナムコでした。
 
  ナムコなんです。
 
  ナムコなんですよ、そういうことにさせてください。
 
  エニックスでもスクウェアでもない、カプコンでもない、ましてビック東海サンソフトではない。
  (いや、サンソフトもビック東海も大好きですが) 
 
  私はナムコ押しです。
 
 
  当時は「超発想集団ナムコ」と呼ばれ、CMのキャッチコピー 「空想してから寝てください」 も話題になりました。
 (記憶では『空想』だったのですが、ネットで見てみると『クーソー』になってますね)
 
 
  シミュレーションといえば
 
  三国志 ~中原の覇者~
 
  独眼竜政宗
 
  キングオブキングス

   
  
  ファミコンでは光栄やシステムソフトはあんまり人気が無かったような気がします。
 
 
  他にも 
 
  ワルキューレの冒険 
  
  BABELも友人がやりこんでいました。
 

あの頃のコナミ

 コナミと言えば、当時たくさんのゲームを遊ばせていただきました。
 グラディウス、グーニーズ、悪魔城ドラキュラ、イー・アル・カンフー、火の鳥 など、
 原作つきのものも名作ぞろいで、特にアクション、シューティングが多かった印象です。
 
 
  最初にコナミソフトに触れたのはグーニーズで、その後はグラディウスでした。
 グーニーズは原作つきのキャラクターゲームとしてもトップクラスの出来でした。

 隠しアイテムを出したり、爆弾をトラップ代わりに使って敵を倒したりと、プレイの幅が広いゲームです。
 
  でも、当時は結局クリアできなかったんです。
 鎖に繋がれた岩が上下するところでゲームオーバーでした。
 
  従兄弟の家に行って、2人であーでもないこーでもないと言い合いながらコントローラーをガチャガチャ
 やっていた思い出があります。ゲームの電源をいれ、開始せずにしばらくするとデモが始まるのですが、
 このデモ画面に隠しアイテムのヒントがあるのを発見し、当時ふたりで盛り上がっていました。
 
 
  なんとなく懐かしくなり、つい最近、中古で買い、あの時のリベンジを果たす機会を得ました。
 
  プレイに関しては割愛しますが、クリアできました。 エンディングでちょっと感動しました。
 
 
  グラディウスも中古で購入。

 こちらは、当時でもクリアできたのですが・・・。
 
  2週目にチャレンジしたところ、なにやらステージの順番が違っているように思うのですが・・・?
 それにこの半透明なミニモアイみたいなのがいっぱい出てくるワープゾーン見たいのあったっけ?
 

コナミとナムコの区別がつかない!

さて、ファミコンと言えば有力なサードパーティーの存在が
 その人気の秘訣でもありました。
 
  そんななか、ファミコン期をリードしたメーカーとして、やはりコナミとナムコ
 の存在は忘れてはならないでしょう。
 
  しかし、残念なことに当時の子供たちはコナミとナムコの区別がつきませんでした。
 
  2012年現在、当時、ナムコとコナミの区別がついていたか? 
 と友人に尋ねたところ、実に100%(有効回答数4人)が
 「区別がつかなかった」
 
  と答えました。みなさんはどうだったのでしょうか?
 
 
  まぁ、子供たちからすれば、ゲーム会社なんてどうでもよくってですね。
 目の前のゲームが楽しければ、誰がどこでどう作っていようとまったく興味が無かったのです。
 
  ゲームカセットが角ばっていて、形がよく似ていたのも、両社を混同していた
 原因のひとつかもしれません。
 
  また、アルファベットやローマ字を習うまでは会社名が読めなかったんですね。
 
  
  namco.jpg   konami.jpg

 
 
  と、表記されていました。
 
  そういえばエニックスやスクウェアはカタカナだったから、すぐに会社名を覚えたような気がします。
 子供向けの商品を作っている会社の皆さん、社名やロゴは日本語で書くといいかもしれません。
 

マニアはセガのまわしもの そのいち

 友人の家の中でも、特に年上の兄弟がいる家では、セガのゲーム機がけっこうありました。

 

 セガのゲーム機はけっこう珍しかったので、
「スペースハリアー」をプレイしたいがため
 通いこんでいる友人もいました。


 
  セガの機械は音楽もかっこよかったし、映像もキレイで、ゲーム内容も任天堂のような
 お子様向けではなく、いかにもゲーマー向けな感じで、とてもかっこよく見えました。
 
  しかし、ソフトのラインナップに関してはセガファンも不満があったようです。
 セガのゲーム機もいいけど、ファミコンも欲しいんだよな・・・と、言っている人がけっこういました。
 でも、さすがに「2台目のゲーム機が欲しい」とは言い出せませんよね。
 セガ派の人は、しばらくセガ派でした。
 
 
  そういえば、どのマシンかは忘れたのですが、セガの機械で「ブラックオニキス」というゲームをやっている
 友人がいて、とてもおどろおどろしくて怖かったのを覚えています。
 
  共に冒険をする仲間が死んだら、パーティーから排除したり(!)
 
  他のパーティーと戦って、死なせているらしいひょうげんがあったり(!)
 
 
  衝撃的でした。

ファミリーベーシック フォーエバー

  子供たちがファミコンを手に入れる方法は、ただひとつ。
 親に買ってもらう以外にすべはありません。
 
  しかし、親としてもそうそうこんな高価なおもちゃは買い与えたくない。
 テレビの見すぎで目が悪くなるかもしれないし、勉強をしなくなるかもしれないし・・・。
 
  
 そんな親御さんは「ファミリーベーシック」というものをファミコンとセットで買っていました。
 ファミリーベーシックとはファミコンで簡単なプログラムのお勉強をしましょう。というキット。
 専用の大型カセットやキーボード、データ保存用のカセットデッキなどがありました。
 (カセットデッキは別売りだったと思います)

 ファミリーベーシック

  私の知り合いのうち、何人かはもっていました。
 かなり夢が広がりそうなアイテムなのですが、
 (考えてみれば、最近のゲームにこういうものはついていませんね、パソコンが安いから必要ないのでしょう)
 
  みんな使いこなせていませんでした。
 
  小学生低学年でプログラムは無理だったのでしょうか。
 
 
  そうかもしれませんが、もう1つの原因として「カセットデッキ」を買い与えていなかった。
 ということも大きかったと思います。
 
  当時のROMカセットにはバッテリーバックアップの機能は無く、電源を切ると自動的に
 作ったデータやプログラムが消えてしまいました。
 そのため、作ったデータを保存しておくために磁気カセット(だったと思うのですが)
 が必要になるんですけど、多くの親御さんがコンピューターをあまり理解していなかったために
 買っていなかったんですね。
 
  実際、私の周囲にはデータバックアップ用のカセットデッキを持っている人は誰もいませんでした。
 
  これじゃやりませんよね。宝の持ち腐れです。
 
 「データさえ保存できれば、もう少しやるんだけどなー」
 
  と、友人が語っているのが印象的でした。
  
 
  追記・・・ウィキペディアによると、ファミリーベーシックにもいろいろとバージョンがあるみたいですね。
       当時はまったく知りませんでした。乾電池が使えるカセットとか、あったんですねー。

必勝本文化 そのさん

しかし、残念なことに、当時の必勝本は現在、入手困難な状況になっています。
 一部のレトロゲームショップで扱っているようですが、たいへん高額、かつ少量になっていて、
 当時の売価を遥かに上回るプレミア価格がついているものが多いようです。
 
  その理由としては
 
 
  当時、必勝本を持っていたのが子供であったため、本を激しく汚損してしまいがちであった
 
  本を横目で見つつプレイするために、上に重いものを置いて開きっぱなしの形にしていた。
 結果として本の背中の部分が傷み、早々にページがバラバラになるなど、劣化が激しかった。
 
  そもそも廉価な作りになっており、長期間保存する本としては作られていなかった。
 
  ゲームが終わり次第要らなくなってしまうので、破棄されてしまうこともあった。
 
  ゲームカセットそのものよりも出回っている数が少ない、最初から大量に出回っていない。
 
  欲しがる人が社会人になっていて、高額でも欲しかったらついつい買ってしまう。
 
 
  などが高額化の原因でしょうか?
  ちょっと寂しいですね。

必勝本文化 そのに

当時の必勝本には、攻略情報の記載だけではない、いくつかの機能がありました。
 おおまかにわけるとだいたいこんな感じになります。
 
 
 ゲームそのものにデータの一覧をみる機能がほとんどなかったため、一覧をいつでも見られた。
 (例えば、ゲームマップの全体像、ユニットデータの一覧など)
 
 グラフィック情報が圧倒的に足りないため、本という紙媒体で補完することができた。
 
 ゲーム内、および説明書のテキスト情報の量も限られていたため、補足的な説明ができた。
 (シュミレーションゲームの必勝本には、そもそもシュミレーションとは何か?という説明があった)
 
 中古で買ってきたゲームは、たいてい説明書が無かった。必勝本は説明書の代わりになった。
 
 
  当時のゲームのグラフィック部分のしょぼさを見た人が、
 
 「こんなのでよくゲームができたものだ」
 
  と、言っているのを聞いたことがありますが、
 当時の子供たちは雑誌や必勝本でグラフィックを見つつ、脳内補完していた部分も大きかったと思います。

必勝本文化 そのいち

 当時のゲーム文化を語る上で忘れてはいけない物に「必勝本」という存在があります。
 今でもありますね。最新のポケットモンスターの公式ガイドブック(でいいのかな?)ともなると、
 あちこちの本屋さんで売り上げランキングの一位を取ってしまいます。さすが世界レベルの作品です。
 
 
 
  ただ、当時の必勝本と、今の必勝本は、似て非なるものだと言えるでしょう。
 なんと言っても当時の必勝本は安い!!
 
 そして薄い!(笑)
 
 手元に残されていた必勝本を見ると、70ページぐらいしかないものもあります。
 双葉社の 完璧攻略シリーズ44「独眼竜政宗 必勝攻略法」がそうですね。



値段は350円・・・って安っ!
 
  驚くべき安さですね。
 

 私が一番最近に買った攻略本は 
 エンターブレイン シャイニング・ハーツ コンプリートガイド
 が1800円です。 値段だけ見ると5倍以上になっています。
 ただ、ページ数は495ページで、7倍になっていますので、
 1ページあたりのコストパフォーマンスは下がっていると言えます。


 
  とは言っても、当時のゲームの情報量は今よりも格段に少なかったため、
 分量的にはこの程度でちょうど良かったのでしょう。

裏技とは?

 ファミコン直撃世代を理解するうえで避けて通れない言葉がいつくかあります。
 その1つが「裏技」です。
 
  ゲームメーカーが想定していなかったソフトの挙動を使った様々なテクニックの総称だと
 言えばいいのでしょうか?
 
  アクションゲームやシューティングゲームで自機の残り数が極端に増えたり、
 無敵になって敵に接触してもダメージが出なかったり、特定のボタン操作を行うことで
 いきなり最強の装備かそれに近い状態でプレイできるなど、いろいろなものがありました。
 
  当時のゲーム雑誌では特集を組み、裏技を見つけたゲーマーには賞品が出ることもあったはずです。
 
  裏技の存在が、ゲームの楽しみかたの幅を広げていたと思います。
 
 
  初期の裏技はゲームの「バグ」を利用したテクニックが多かったかな?
 
  途中からメーカーが意図的に裏技的なものを入れているゲームも増えたと思います。
 
  私がよくやったのは ハドソンのシューティングゲーム 「スターソルジャー」の裏技で、
 自機から出る弾が、強力なレーザーになるというやつでした。
 
 
  他にも、コナミのゲームには「コナミコマンド」と呼ばれるものが用意されていて、
 スタートボタンを押した状態で ↑↑↓↓ ←→ ←→ B A と入れると、自機がほぼ
 最強の状態になりました。(グラディウスですね)
 
  ファミコンのゲームの多くは難易度が高めの物が多く
 (特に初期~中期は難易度が高かったと思います)
 上記のような裏技を使うことで、ゲームの難易度を下げ、小さな子供でも遊べるようにできました。
 そういう意味でも、裏技は役に立っていたと思います。
 
  
  これら裏技は「隠された要素」だったので、「他にも隠された要素があるかもしれない!」
 と、多くのゲームプレイヤーはゲームソフトに無限の可能性があるように感じていたものでした。
 
  学校の友人が
 「裏技見つけたぜ!」
 と学校で大はしゃぎしたりすると、そのまま帰りにその友人の家に行き、裏技を見せてもらったり
 していました。
 
 
  さまざまなテクニックについては割愛します。
 こんなところでまとめるより YOUTUBE さん や ニコニコ動画さん 他にもいろんなところで
 まとめられている方々がいらっしゃるので、調べてみると楽しいでしょう。
 
 
  悪用や濫用は、しないようにしてくださいね。

爆発! スーパーマリオブラザーズ!

しかし、そんな時代も長くは続きませんでした。
 
   1985年(昭和60年)9月13日 (ウィキペディア抜粋)に発売されたこのゲームは
 子供たちの世界に一大センセーションを巻き起こしました。


 
  とにかく盛り上がっていたように記憶してます。
 当時出始めたゲーム雑誌で攻略方法が紹介されたり、短いマンガが書かれたり、
 ついに裏技が紹介されたりしました。
 
  ちょっと年上のお兄さんたちはゲームが上手かったですね。
 当時の私は3面ほどで限界を迎え、それ以上ゲームを続けることができなかったのですが、
 
 「○○くんの兄ちゃんはクリアできるんだぜー」
 
  とか
 
 「○○くんの兄ちゃんは裏技のステージをクリアし始めているらしい、普通のステージは飽きたんだって」
 
  と、そんなことをちらほらと聞いていました。
  
  
  特に私はこのゲームで始めて「裏技」という存在を知り、まさに度肝を抜かれました。
 
 
  マリオの残り数がどんどん増えたりする?!
 
  クリアできないぐらい難しい隠しステージがいくつもある?!
 
  そんなとこジャンプして、乗り越えれるの?!
 
 
  などなど、ゲームの奥深さを感じさせられたものでした。

ファミコン初期

  ファミコンの最初期は、テレビゲームと人との付き合い方が
 今とはだいぶ違っていたように思います。
 
  そもそも、そんなに長時間ゲームをプレイすることはありませんでした。
 もしかしたらどこかに ピンボール や F1 を長時間プレイしていた人たちが
 いたのでしょうか。

 
 
  少なくとも私の身の回りにはいませんでした。
 
  実際、テレビゲームが楽しくて仕方ない、という子供は
 私の周囲にはいませんでした。
 
 「こんなのすぐに飽きちゃうよ」
 
  と、ファミコンを放置している子もいました。
 
  初期のゲームカセットだけでは熱狂はそんなに続かなかったと思います。

ファミコン以前の遊び

 ファミコンが無かった頃は、みんなどんな遊びをしていたのでしょうか?
 
 私の記憶では
 
  プラモデル作り
 
  野球(の真似事)
 
  森を探索
 
  川で水遊び
 
  虫取り
 
  草笛を吹く、野の花で冠を編む
 
  オセロや、その他子供向けのボードゲーム、トランプ。
 
  ヒーローごっこ
 
  おままごと
 
  ラジコン 
 
 
  といったことをやっていたようです。
 なんだか昭和の香りがプンプンしますね。
 
  これはこれで楽しかったように思えるのですが。
 今はもうやらないのでしょうか?
 
  近所のお兄さんお姉さんが年下の子に遊び方を教え、自然の中を
 駆け回っていた記憶があります。
 蟻塚があって危ないところを教えてくれたり、
 口にしていい木の実を教えてくれたり、毒のある植物、虫に注意することを教えてくれたりしていました。
 
  なんだかこう書くと健全な感じがしますねぇ。
 
  
  おもちゃは、自分で作るものはすでになく、立派なメーカー品を子供に買い与えるようになっていました。
 女の子はリカちゃん人形を持ち寄って人形遊びをしてました。
 
  男の子はラジコンで遊んでいる子もいました、しかし少数派でしたね。
 ラジコンは当時、非常に高価なおもちゃでした。
  
  ラジコンを持っている子は、スネ夫のイメージですかねぇ・・・。
 
 
 

ファミコンのある家 千客万来

 そんなこんなで少しずつファミコンを持っている子供たちも増え始めました。
 
  とにかく当時の子供たちはファミコンがやりたくて仕方ない!
 ものめずらしかったのだと思います。
 
  誰かがファミコンをもっていると聞くと、いてもたってもいられず、小学校から帰ってきたら
 すぐにランドセルを放り投げてその子の家に遊びに行ったものでした。
 
  勢いあまって「友達の友達の家に遊びに行く」
 
  などという子供も出始め、
 
  その子の親が
 
  「うちの子はどこいったー」
 
  と、近所で知り合いに聞いて回ることもあったようです。
 (私が住んでいた町内会だけでしょうか?)
 
 
  当時の親たちは、当初は「子供にファミコンを買い与えない」
 方針の家が多かったようです。
 
  しかし、あまりにも子供たちがファミコンのある家に集中するため、
 
 「遊びに行った先に子供たちが集まりすぎて迷惑をかけてしまう」
 
  ということから、子供にファミコンを買い与える親も多かったようです。
 
 「これで先方に迷惑をかけないですむわ」
 
  と、そういうことですね。日本人らしい発想という気もします。

ファミコン登場

 レトロゲームの王者と言えば、やはりファミコンでしょうか?
 
  異論があるかたもいらっしゃるかと思いますが、そこはちょっと押さえてもらって
 話を進めます。
 
  ファミコンが発売されたのは1983年。2012年現在で30年近い時間が過ぎています。
 
 
  当時の子供たちは「どのゲーム機を親に買ってもらうのか?」
 
  と、そうとう頭を悩ませていたようです。
 
  カセットビジョンがある家もけっこうありました。
 誰かは忘れましたが、2~3才年上の男の子が
 
 「カセットビジョンを買ってもらうか、ファミコンを買ってもらうか、迷っているんだよー」
 
  と、真剣に語っていたのを今でも覚えています。
cassettevision.jpg 

 
  どちらかというとファミコン優勢だったと思うのですが、実はファミコンの初期ロットはけっこう
 欠陥を抱えていたらしく、一部の人たちからは不評でした。とにかくコントローラーのボタンがすぐ壊れる
 とのことで、
 
 「あの四角ボタンが許せない!」
shikaku.jpg

 
  と、言う声がチラホラと聞こえたものでした。
 
 
  今と同じ図式でしょうか?
 
  「PSP VITAにするか、3DSLLにするか迷っている」
  
  と、そんなところですかね?

テレビ

 今では斜陽産業のように語られることも多いテレビですが、
 当時は一般家庭に動画を配信できる(こういう言い方はしなかったと思いますが)
 唯一の方法でした。
 
  幼い頃の私は
 
  「テレビに出られるような人間になりたいな!」
 
  とか
 
  「テレビに出ているような人たちと会ってみたいな!」
 
  とか、本気で語るような子供でした。
 (そして、そういう子供は多かったと思います)
 
  
  けどあれですね。
 
  今となっては
 
 「テレビになんかうつりたくねぇ、街角でインタビュー撮られて、オンエアされたけど、嫌だった」
 「テレビに出ている芸能人になんか会いたくない、マジで」
 
  とか、そういうことを思っちゃうかな。
 
  
  ・・・あ
 いやいや、少し上のことは忘れといてください。
 
  あれです、当時の子供は多かれ少なかれ、テレビに対して憧れを抱いていたと、考えてもらって
 間違いないと思います、はい。
 
 
  長くなってしまって申し訳ないですけど、
 
 「テレビに対して持っていた憧れ」
 
  と
 
 「コンピュータに対して持っていた憧れ」
 
  と
 
 「テレビを使うゲームがあって、テレビに映し出された物が操作できる!」
 
  というこれらの点。
 
  それを全て併せ持っていた「家庭用ビデオゲーム機」「テレビゲーム」。
 
  当時、子供だった私はそんなこんなでテレビゲームに強い憧れを持っていたわけです。
 

ファミコン以前

  こんな場末のブログにいらっしゃっているみなさまは100も承知と思いますが、
 少々お付き合いくださいませ。
 
 
  私が子供の頃は「コンピュータ」というものじたい、大変珍しく、
 パソコンを所有している、使うことができる、という人は社会の本当にごく一部の人々でした。
 
  よっぽど金があるか、ひまなのか、新しい物好きなのか、先見の明があったのか。
 持っている人もいることにはいたのですけどね。
 
  とにかく子供の私にとって「コンピュータ」とは
 
  「なにかとてつもないもので」
 
  「すごい人たちが持っていて」
 
  「すごいことをするための道具なのだ」
 
 
  としか、考えることができないものでした。
  
 
  教育熱心なお宅では、何かテレビにつなげるコンピュータがあったような気がします。
 (今思うと、ぴゅう太やMSXだったと思います)
 
 
  当時の私は、それはそれはコンピュータというものに憧れをいだいていました。
 友人の家にお邪魔して、「けっきょく南極大冒険」というものだったと思いますが、
 そういうゲームをプレイしたのが、生まれて始めてのテレビゲーム体験でした。
 

こういうブログです

とつぜんですが、ブログというものを書かなくちゃいけなくなりました。
 
  なんでやねん
 
 って突っ込みたいところなのですが、まぁ、いいか、気楽にやってみるとしましょう。
 
 
 
  とりあえず、自分の引き出しをフルオープン。
 引き出しが引き摺り出されてしまうくらいに脳を全開にしてみましょう。
 
 
  それでは、みなさま、よき暇つぶしを。
 




  とりあえず、自分が一番大好きなところで、テレビゲーム・・・うんうん、
 その中でも特にレトロゲームと呼ばれるものに関して、当時の空気を思い出しつつ
 語ろうと思います。
 
  ゲームの攻略とか、紹介とか、縛りプレイとか、変態プレイとか、そういうのは
 もうよそ様でやっていられるようなので、ニッチなところで「レトロゲームが発売された頃」
 の思い出や、その他のことを書き綴っていこうかなと。
 
  懐古厨っていったら懐古厨なんですが、それはそれ、私は別に「昔のゲームがよかった、いまのはつまらん」
 とはまったくおもっていません。
 
  今のゲームであろうとも、当時のゲームであろうとも、ゲームはゲーム。
 楽しさの本質は変わりません。っていうか、2012年現在で、私が一番やってるのモンハンですし。
 
 
  若い方には
 
 「へー、当時ってこうだっんだー」
 
  とか
 
 
  直撃世代には
 
 「そうだったそうだった」
 「オレのとこはそうじゃなかった」
 
  とか、
 
  いろいろと感じてもらえればさいわいです。
 
 
 
 
プロフィール

ほっかいしまうま

Author:ほっかいしまうま
北海道出身のしまうま。
ほっかいしまえびと一緒に水揚げされた。
なんか古いテレビゲームが大好きらしいよ?

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